新年度も始まったので、自己紹介をする機会が増えてきます。ブログにも一応書いておこうと思います。
| ハンドルネーム | Suin / Suin Yeze (本名の名の韓国語漢字音・姓の中国語ピンインに由来) |
| 職業 | 文系の大学院生 |
| 出身 | 新潟県 |
| 2009.04 | 大学院入学。仙台に移転。 |
| 2009.03 | 某外大を卒業。 |
| 2008.02-2009.02 | 株式会社RYUSでお仕事をお手伝いする。 |
| 2006 | 韓国の某大学に1年間交換留学。 |
| 2005 | 某外大入学。新潟から上京。 |
| 2004 | テーマチェンジャーを公開で認知されはじめる。 |
| 2003 | XOOPSとPHPに出会う。 |
| 2002 | 韓国語をはじめる。 |
| 1987 | 新潟の片田舎で生まれる。 |
筋金入りのKYで、変なところで几帳面。 おまけに融通が利かない。 情緒不安定で感情の起伏が激しい。
出身は新潟県。 「新潟には杉と男は育たない」と言うがその好例でもある。
韓国でよく韓国人に間違えられ道を聞かれる。 なぜ韓国人に間違えられるかは、友人が主張する「見た目がまるで韓国人」という“外見説”と、筆者が主張する「外国人に見えるが、韓国語が出来そうなオーラを出しているから話しかけやすい」という“内面説”の2つの仮説があるが、原因は未だに不明である。
中国語と韓国語は姉妹言語。そんな誤解を持っていたSuin少年。
はじめて韓国語に触れたのは2002年、FIFA日韓共催W杯を控えた春のこと。偶然、TSUTAYAで韓国語の入門書を立ち読みしたSuin少年はカルチャーショックを受けることになります。日本語とよく似た言語が、そこに書かれていたからです。「監督」は「カムドク」ですし、「審判」はそのまま「シンパン」。それは、英語しか知らなかった当時、この出会いは外国語観をがらりと変えられました。
田舎にも韓国人が住んでいて、韓国語を教えていました。有無を言わず、市民講座に参加します。
最初の先生は韓国人でしたが、すぐに朝鮮族の先生に代わりました。朝鮮族の先生は、実際に大学でも韓国語を教えています。Suin少年は、最初に習った音韻体系は、ソウルで聞こえるような韓国語というより、朝鮮語の縁辺方言のそのものでした。なので、자쟈저져…の発音は「ツァジャツォジョ…」だと大学に入るまで信じて疑いませんでした。次に教わったのは、北朝鮮の拉致被害者で、ちょうどそのころに帰国された蓮池先生でした。そう考えると、Suinが高校時代に教わったのは経緯38度以北の朝鮮語のようです。しかし、あまりにも初歩だったので、大学で韓国語にすっかり矯正されたのでした。
大学受験で抑制されていた反動から、大学に入ってからは明けても暮れても韓国語の毎日を送りました。大学2年のときには、1年間韓国で大学に通うチャンスに恵まれ、韓国語と韓国の文化を肌身で感じ、世界中に交友の輪も広がり満足して帰国。その後も日本で韓国語の勉強を継続します。素敵な大学、友達、先生にも恵まれ、無事に卒業することができました。
ホームページはホームページビルダーで作っていたころ、知り合いの紹介でXOOPSを知ることになります。当時、掲示板やニュースなどのCGI部分と、自己紹介のような静的部分が調和したデザインで表示されることが、とても画期的に思われました。
PHPも分からない若造Suin。かといって、入門書は難しいので読みません。はじめのうちは、プログラムの知識があまりなくても出来そうな、翻訳の仕事をしました。海外の優れたモジュールを発掘してきては、日本語の言語ファイルを作る作業を繰り返しました。
そうしているうちに、PHPも見慣れてきたので、JavaScriptの類推もうまく作用し、モジュールを改造するくらいまでになりました。ユーザーモジュールを改造したり、ニュースモジュールを改造したりしました。
すこしずつステップアップしてきたの、XOOPS認知1年後にモジュール作りに挑戦します。XoopsHackers2のトピックやRyujiさんのハックなどを参考に、XOOPSに手を加えなくても、モジュールごとにテーマを切り替えることができるモジュールを開発、のちに公開します。今のテーマチェンジャーモジュールになります。
その後、XOOPSに手を加えないハックをモジュールとして実現する作業にとりかかり、XOOPS検索・白扇・Bulletinなどを公開し、現在に至ります。
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氷川 XOOPS Module 開発室